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苦手












季節は、日差しが強く降りそそぐ夏になろうとしていた。




チェルシーは午前中も行っていた農作業を午後も続けようとしていたが、
偶然出くわしたジュリアにそれを話したところ強制的に止められた。



「ダメよ!こんな暑い日に直射日光の下で力仕事を続けるなんて」

「えっ、 で、でもちょこちょこ休憩取りながらやるし、もう少しで一息つくし・・・」

「だーめ。そう言ってすぐ無茶するんだから」

「う」

「ほらほら、あたしの家でお茶しましょ」



そしてチェルシーはジュリアに腕をぐいぐいと引っ張られ、
ジュリアの家、もとい動物屋でお茶の時間を過ごすことになったのだった。








「それで、やっぱりまだ?」

「うん・・・」


ジュリアは二人分のアイスティーを運び
小さなテーブルへそれを静かに置くと、椅子に座りながら聞いた。

目の前に出されたアイスティーを見てチェルシーはありがとう、と言うと
少し申し訳なさそうに話しだした。


「思い出そうとはしてるんだけど、」



先日、ヴァルツという人物に言われたことが、チェルシーの頭の中に残っていた。






"『なんとかなる』、では成り立たない"






その言葉をまた思い出して、チェルシーは少しばかり眉を寄せた。
アイスティーの入ったコップを右手でぎゅっと握り、そして噛みしめるように続けて言った。



「なんか・・・・・ 悔しくて」



その様子を見ていたジュリアは、小首を傾げながら
ポカンとした表情を作ったあとでくすくすと笑いだした。



「え ? ・・・???」

「あ・・・ゴメン。思わず笑っちゃった」



理解に苦しんでいるチェルシーに、ジュリアは付け足して言った。


「今のチェルシー、あたしがあなたと初めて会ったときに持ったイメージと全然違うなあ、って思って」

「え! 私、どんな風に見られてたの?」

「ん? 大人しそうな子だなあ、ってね」

「でも今は?」


またくすくすと笑うと、ジュリアは少し意地悪そうな笑顔で続けた。


「負けず嫌いで、変なところで気の強い子っ」


「ひ・・・ひどいよジュリア〜」





なんとなく、自分でも自覚しはじめてはいた。

自分の性格。


負けず嫌いだったとか気が強かったとか、
そんなことが分かりかけてきたのもきっと、周りのみんなのおかげなんだ。

一人で塞ぎこんでいたらきっとずっと気付かなかった。



人と接して、刺激を受ければ、記憶だって少しずつ元に戻るかもしれない。





ただひとつ気がかりがあるとすれば、
牧場から感じる懐かしさを、なぜか周りに言い出せずにいることだ。







・・・そんなことを考えながら、チェルシーは冗談交じりの今この時間を楽しんでいた。











その牧場は至って順調で、
少し不安のあった農作業も天候に恵まれながら無事に収穫まで至り、
初めての自作の農作物となったカブを出荷箱に入れたときは感激もひとしおだった。

それから畑を少しずつ増やし、浮いたお金でジャガイモの種を買ってジャガイモづくりにも挑戦した。


森や浜辺から採取できる野生植物の出荷も手伝い、
わりと資金に余裕ができた頃、ゴランという大工業を営む大男が島にやってきた。

そしてチェルシーは開口一番、牧場にニワトリ小屋を作ってもらうよう頼んだのであった。





今ではニワトリ三羽を飼い、少しは「らしく」なってきたチェルシーの牧場である。













「わ、もうこんな時間? 帰って作業の続きしないと」

「ホントね〜。あ、引きとめてゴメンね」

「今それ言うかあー・・・ ふふっ、別にいいよ。楽しかったし」

「そう?よかった。じゃあがんばってね! 今後ともウチをどうぞご贔屓に〜、なんて」

「あははっ。近々またお世話になります〜。 ・・・あ、マセルさん、また来ますね!お茶ごちそうさまでしたっ」


動物屋のカウンターで伝票整理をしていたジュリアの母親、もとい店主のマセルに向かって
チェルシーは声を少し大きめにして挨拶した。


「いいのよ〜、仕事がんばってね!」

「はい!」




談笑を交わしながらジュリアと共に動物屋を出ると、
ふいにチェルシーがぴたりと動きを止めたので
ジュリアは前を行っていたチェルシーに衝突しそうになった。



「きゃっ、 ・・・ど、どうしたの?」

「あのひと」


どうやら気になる人物がいたようだと解釈し、
ジュリアは不思議そうにチェルシーの背中から覗き見るようにして
チェルシーの指すその人物へと目をやった。


「ああ、なんだヴァルツさんね」

つい先日ゴランが舗装した、海方面に伸びる道から
ヴァルツが歩いて島の中心部へと向かっているのを確認すると、ジュリアは言った。



「今日・・・島に来る日だったんだ」

「うん、あの人は毎週水曜と木曜に島に来てウチに動物仕入れてくれるの。
 最近、忙しくて島に来られなかったみたいだけど」

「そういえばそんなこと言ってたっけ・・・・・ って、うわっ」

「え? な、なによどうしたの?」

「こ・・・こっち来る。どうしよう」

「そりゃあ来るわよ、ウチ動物屋だもの。 ・・・あら?」



横に並んで話していたはずのチェルシーがいなくなっていたことに気づき、
ジュリアはキョロキョロと辺りを見回した。



「あらあ・・・? かくれんぼ?」


小さい子供が何か新しい遊びでも見つけたときのような顔になると、
ジュリアは振り返って動物屋に入ろうとするヴァルツに挨拶をした。


「こんにちは、ヴァルツさん。なんだかお久しぶりね」

「・・・・・ああ。仕入れルートを確保するのに手間取ってな。なかなかこちらに来られなかった」

「ヴァルツさんが仲介してくれるから、動物屋としてはすごく助かってます」


にこり、とジュリアが笑って感謝の気持ちを表したが、
ヴァルツはそれをまったく見ずに動物屋の中に入ろうとした。


「少しだけ休ませてもらうぞ。マセルさんとも話をつけたいからな」

「ええ、どうぞどうぞ。 ・・・そうそう、外はあっついから、ウチで ゆっっっくり 涼んでくといいわ」

「? ああ」





バタンとドアの音を立ててヴァルツが動物屋に入ると、ジュリアはお見通しと言わんばかりに
家の後ろ、草むらのあたりに小走りで向かっていった。



「見〜つけた!」

「わああ!!」


突然目の前に現れたジュリアに、逃げ遅れたと後悔した。



「なんで隠れたのー? ヴァルツさんと、何かあったのかしら?」

「な、なななななないよ!」

「あら、そのわりにはこの動揺っぷり。気になっちゃう」



にっこりと笑うジュリアに対して、何もやましいことはないのになぜかいたたまれなくなり、
チェルシーはその場から逃げ去るように牧場へと走り帰った。



「あ、チェルシー!」


もう、と息をつくと、ジュリアはあきらめて涼しさの残る森のほうへといつもの散歩がてら歩き出した。


















多少息を切らして、チェルシーは自宅まで逃げるようにして走って帰っていた。

そして自宅のドアにもたれかかりながら、
部屋内に広がるもあっとした暑い空気を気にもせず考えだした。







・・・多分、ヴァルツさんに対する私の反応は、

ジュリアが考えているような甘いものじゃないと思う。


恋愛感情とか、そういうんじゃなくて、







「・・・・・・・にがて?」






ぼそっと、独り言を呟く。





そうだ。

あの日、核心を突かれる言葉を言われてから、ヴァルツさんに対してどこか苦手意識を持っていたのかもしれない。



核心を突く、というよりは、あの人はただ単に本当のことを言っただけなのに。

本当のことを言われるのが怖かったから、余計にそう思ってしまったのかもしれない。






島のみんなと仲良くなりたいのに、
ヴァルツさんとだけよそよそしい仲になるなんてなんだか・・・いやだな。











ドアにもたれかかりながら、チェルシーはふと、近くにある冷蔵庫に目をやる。

そんなに意味はなかったのだが、この季節、暑いので何かと涼を求めて
冷蔵庫を開けてしまう癖があったため、今も無意識に冷蔵庫へと手が動いた。



冷蔵庫の中はフェレナが本島で買ってきてチェルシーにあげたペットボトルのお茶が過半数を占め、
そしてちょこんと置かれているのが最近収穫したカブであった。

これはチェルシーの中では上出来となるカブで、
形も大きさもよく、出荷すれば高く引き取ってくれるであろうと思っていたが
すぐに出荷してしまうのが勿体なく感じ、こうして冷蔵庫に保存してあったのだった。




お茶に手を伸ばそうとしたチェルシーだったが、ある考えが頭に思いついたために
ピタリとその手を止めた。







このカブをヴァルツさんに差し入れて・・・牧場をがんばってること、伝えたら

きっとそこから会話が始まって仲良くなれる ・・・よね。きっと。















チェルシーは自宅を出、おそらくヴァルツがいるであろう動物屋に向かおうとすると
見計らったかのようにヴァルツが動物屋から出てきた。

一瞬ためらったが、チェルシーは思いきってヴァルツの背中に声をかける。




「あ、あの!」

「? ・・・ああ、牧場の」

「ヴァルツさん。これ、牧場でとれた収穫物なんですけど、」


そう言ってカブをヴァルツの目の前に差し出すと同時に、ヴァルツは口を開いた。


「悪いが・・・ カブは嫌いなんだ」

「え」

「じゃあな」

「え・・・ じゃ、じゃあ! 今度うちでトマトができたら、お渡ししま」

「悪いが。それも嫌いだ」

































「私あの人きらいだあああッ」







動物屋に入ってくるや否やカブを握りしめて叫ぶチェルシーに、
その場にいたジュリアとマセルと、そこに偶然居合わせたナタリーが目を丸くしたのは言うまでもない。










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