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出逢













タロウ一家とチェルシーが島に流れ着いてから約一週間が経っていた。



さすがに記憶喪失の者を一人で暮らさせるわけにもいかない、として
タロウはしばらくチェルシーを自分たちの家で生活させていた。

チェルシーは記憶を失っているとは言え、日常生活には支障をきたさないのだから
自分も何かできないか(チェルシーはタロウ一家に世話になりっぱなしで気が引けていた)、
とフェレナに相談したところ、



「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら〜」

「よ、よろしくお願いします!」



にこりと柔らかい笑顔を見せて、フェレナはチェルシーにある仕事を頼んだ。



それは彼らが生業としていた出荷業を助ける、「運び屋」である。


運び屋と言っても大層なものではなく、島に生えている野生植物を摂って
既定の出荷箱に入れる、といった簡単なものであった。





しかし仕事を覚える早さとは裏腹に、チェルシーの記憶は一向に戻らないままだった。














「牧場・・・ですか?」

「ああ。間違いない、ここは牧場だった。ほれ、あの塔を見てみい」



タロウはある日、チェルシーをおそらく島一番の広さであろうある土地に連れて行った。

そして小高い塔を指差し、落ち着いた口調で話し続ける。



「あれはサイロと言ってな、動物たちの餌になる飼い葉を溜めておく施設なんじゃ」

「へえ・・・ あれ? ひょっとしてタロウさん、牧場を・・・」

「やっておった。こう見えてもけっこう有名な牧場主だったんじゃぞ」


ふふん、と胸を張るタロウを見て、チェルシーは思わずくすりと笑った。



「・・・そこでだ、おぬし」

「はい?」

「牧場をやってみんか」





「・・・・・ はい?」

「おぬしが牧場主になる。うむ、なかなかに悪くないではないか」

「わ、わたしがですか?!」




驚いたことに変わりはなかったが、チェルシーは心のどこかで
『牧場』という響きに他人事とは思えない部分があったのは事実だった。




「・・・見たところおぬし体力はあるようじゃ。
 体は正直じゃからな、牧場の仕事をこなしていけば体が記憶を思い出してくれるかもしれんぞ」







なんか強引な気もするなあ・・・

そんなことを思いながらも、否定しきれないチェルシーは牧場主になることを決意したのだった。






それからのチェルシーは荒れ果てた牧場を整地する作業に追われた。



『記憶が戻らなかったら、どうしよう』


じっとしているとそんなことばかり考えてしまうため、
体を動かすことはその考えを振り切るのにちょうどよかったせいか
整地作業は思いのほか早く進んでいった。




エリクが差し入れとして持ってくる野菜ジュースや
ふらりと現れて会話を持ちかけてくれるナタリーに励まされながら、
ある日、整地作業は終わりを迎えようとしていた。






「すごいな」

「そう?」



ナタリーは牧場をぐるりと見渡すと、チェルシーに言った。



「うん。こういうのってもちろん体力はいるんだろうけどさ、効率よく進めていくのも大事だし」

「んー・・・」

「センスあるんじゃないか? 牧場主として」

「あはははっ」

「・・・な、なに笑ってんだよ」

「ううん、タロウさんに似てるなーって思って」

「はああ? 訳わかんねーヤツだな、チェルシーって」

「ふふふ」



ますます訳わかんねえ、と軽く眉間にシワを寄せたあと、
あ、と思いついてナタリーはチェルシーにある情報を教えた。



「そうだ、これ伝えようと思ってたのに忘れてたよ」

「?」

「もうじきな、動物屋がこの島に越してくるんだってさ。もうじきっていうか、今日」

「きょ、今日? ずいぶん急だね」

「いやーうちのじいさんが電話で話つけたらしくてね、『牧場には動物がおらんとな』って」







ナタリーの情報通り午後になってから動物屋の親子が島に入り、
チェルシーの牧場にも挨拶まわりで訪れた。

その親子とは母親のマセルと娘のジュリアで、
特に娘のジュリアとは同年代ということもあってかチェルシーは初めて話したその日に仲良くなった。



「じゃあまた来るわね! ・・・ごめんね、作業のジャマしちゃって」

「ううん、全然! また後でねー」




もちろんマセルとジュリアは、チェルシーが記憶喪失だということは知っている。
タロウが事前に事情を説明したからであった。

チェルシーはそのあたりの事情を理解して、口には出さないが
気を利かせてくれたタロウ、マセル、ジュリアに心の中でお礼を言った。


そして午後からの作業に、気合を入れたのである。




「よっし、やるかあ」







・・・と意気込んだはいいものの、行う作業は極めて地味だった。


行商人のチェンから特別にもらったカブの種をパラパラと蒔く作業。




動物を飼うにもお金が要る。

さすがに金銭面でタロウ一家に世話になるわけにもいかないので、
まずは農業から始めて資金を貯めることにしたのだった。





「ええと・・・自分ちから近いほうがいいよね、畑は」


独り言を言いながら、ジョウロに水を汲んでこれからの畑の区域を頭の中で考える。



蒔いたカブの種の前でしゃがみこみ、さらさらと水をあげていると
後ろから聞き慣れない男の声がした。







「・・・・・おい」


「はい?!」



驚いて立ちながら後ろを振り向くと、
そこには深く帽子を被った見慣れない男性が立っていた。

帽子の影でよく見えないが、その目は確かにチェルシーを捉えていた。


チェルシーはその色素の薄く赤っぽい目にしばらく見とれてしまっていた。




「ここの牧場主に挨拶に来たんだが・・・」


相手が怪訝そうな表情を浮かべたため、チェルシーははっと我に返る。
そして手に持っていたジョウロを慌てて自分の後ろへ引っ込めた。



「・・・あ。えっと、私です。牧場主」

「そうか。・・・オレは動物仕入れ業者のヴァルツだ」

「仕入れ業者さん、ですか・・・?」

「ああ、動物屋に動物を売る仕事だ。週に何回か島に来ることになった」




そうなんだ・・・と少しぼーっとしてしまったチェルシーを見て、ヴァルツは続けた。



「確か、記憶を失くしたんだったな。話は聞いてる。 ・・・大丈夫なのか?」






あれ、意外と優しいかも・・・ ?


最初見たときは、何もしていないのに怒られるんじゃないかと
思わず身構えてしまうくらいのちょっとコワい雰囲気だったのに。



チェルシーはそんなことを考えながら、生返事をした。



「はい、なんとか」


「・・・・・『なんとか』?」

「え? は、はい」




ヴァルツの表情が少し曇ったのを、チェルシーは見逃さなかった。
思わず背筋がピッと伸びる。


それとほぼ同時に、ヴァルツはくるりとチェルシーに背を向けながら去り際に一言言い放った。




「『なんとかなる』、で牧場は成り立たない。・・・・・じゃあな」









スタスタと牧場を去っていくヴァルツを見ながら、チェルシーは唖然としていた。



右手に持っていたジョウロから水が滴り落ちているのも気付かずに。














・・・・・核心をつかれた気がした。




『なんとかなる』。




そう信じて荒れ果てた牧場を整地して、

・・・自分の気持ちも整理して、



そう思いながらここまで頑張った。





だけど結局、どこかで逃げている気がする。












「・・・・・ わかってるよ」




ぽそりと呟きながら自分の袖口で額の汗を拭うと、はた、とひとつ気付いたことがあった。




記憶を思い出せなくて悔しい、一方的に言われたのに言い返せなくて悔しい、

自分から逃げていて・・・悔しい。








私、


負けず嫌い なのかもしれない。










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