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ミルフィーユ










「うう・・・手が蒸れるうぅ」


明らかに手のひらに感じるジリジリとしたこの感じを、快く思ってはいなかった。


「こんなもん、もう取っちゃえ!!」


ティナは手袋を両の手から取り去り、勢いよく牧草地の外へ投げ出した。
するとどうか、まるで冷凍庫の中に手を突っ込んだような、そんな冷たさを
手に感じ取ったが、すぐにまたその手も太陽の光に照らされはじめた。

まさかこんなに暑くなるとは思ってもいなかった春の始め。

その日差しは、既に初夏の兆しを感じさせるものだった。


春の間ティナは土地を購入し、初めての自分の土地と喜ぶ間もなく
すぐにその土地を耕し始めて牧草地とした。
更にその土地には鶏小屋を建てようとその資材を懸命に集めている。
・・・もっとも、今日は伸びの早い牧草を刈るのに必死になり、
資材集めまで手が回らない状態にあった。


そういう作業を繰り返していると、すぐにとっぷりと日が暮れてしまう。


ティナは辺りを見回して一息つくと手に持っているカマを地面にずぼらに放り投げた。
そして、牧草地に倒れるように寝っ転がる。


「あー・・・・・今日もよく頑張ったよ、自分」


暗くなってゆく空を仰ぎ見ているティナは、一言ぼそりと漏らした。


叔父の牧場を手伝っていたときは、頑張った分、叔父が褒めてくれていた。
でも今はどれだけ頑張っても、自分から言わない限り褒めてくれる人はいない。
「頑張ったね」と言ってくれる優しい人は、ここにはいない。


そう思うとなんだか急に人恋しくなり、ティナはガバっと身を起こした。


放り投げたカマを拾いやや小走りで自宅へ入ると、カマを道具箱へ入れ、
洗面所で手を洗い、いつもの時間になったことを確認してから
いつもの場所へとティナは向かった。


いつもの場所、というのは月夜亭のことである。

カールに弟子にしてくれと言ったあと、ティナは一日たりとも欠かさずカールの
バイト先である月夜亭へ足を運んでいたのだ。

弟子になるとは言ったものの、結局ティナはカールの作った試作品のケーキを
食べる役となっただけだったが、甘いもの好きのティナにはそれでも充分だった。



「こんばんわあ!」

「おう、ティナちゃん」


ドアを開けて挨拶をするとすぐに反応が返ってきた。
月夜亭に通いつめたせいか、店主のデュークとはかなり親しい仲になりつつある。


「今日もタダ食いか?」

「む、そんな人聞きの悪いこと言わないで下さいよっ」

「酒場にケーキ食いにくるなんてヤツはお前くらいなもんだ」

「・・・お、追い討ち食らっちゃったよお・・イヴさん、助けてえ」


ティナが助け舟を頼んだ相手は、救助船を出してはくれなかった。


「あら、でも本当のことよね」

「イヴさんまで!私、お酒苦手なのに・・・・」

「ふふっ、いいんじゃないの?雰囲気だけでも楽しめれば」

「やあ、おまたせ!」


うまく場がまとまったところで、ちょうど見計らったかのようにカールが登場した。


「・・・カールのせいでいじめられたよ」

「え、え?!オイラのせい?」

「まあ、元を辿ればお前かもな」

「ね!そうですよねデュークさん!」

「オイラよく分からないけど・・・ケーキは食べてくれるんだよね?」

「あ、もちろん」


即答した私に、みんなは思わず笑いをこぼした。






「・・・・・はい、できたてのスイーツだよ」

「わ、ミルフィーユじゃん!・・・できたてって、さっきまで作ってたの?」

「うん、まあね、今回はパイ生地も入ってるから」

「そんじゃいただきまーすっ」

「・・・どう?」

「ん、おいしい!苺の酸っぱさとクリームの甘みと、さくさくのパイ生地が最高」

「へへっ、どういたしまして」

「ホントにカールって、今にでも店開けそうな腕してるよね」

「そ、そうかなあ?じゃあ後はお金を貯めるだけってとこかな」

「う〜ん・・・ところでさ」

「ん?」


ティナは三口めを口に運んでから、素朴な疑問をカールにぶつけた。


「デザートとスイーツって、どう違うわけ?」

「へ?」

「だ、だってさ、最近言うようになってきたじゃんか、スイーツって」

「だから気になった?」

「うん、そんな感じ」


うーんと少し考えてから、カールは口を開いた。


「なんだろう、二つの言葉にそんなに違いはないんだけど・・・」

「ふーん?」

「スイーツは甘いものって意味だし、デザートは食後の果物とか、甘いものって意味だけど」

「うんうん」

「今はスイーツって言ったらデザートを少しおしゃれにした感じに取られてるかもね」

「へえ・・・おしゃれ、かあ・・・・」



生まれてこのかた、ティナは『おしゃれ』という言葉にはあまり関わらずに育ってきた。


女子校育ち。そのためか逆に学校の中で化粧をすることはなかった。
服にも流行にこだわらず、ただここにこの服があるから着る、というような
そういうアバウトな面もあった。


ふと、フォークを持っている自分の手を見る。

世の女の子が楽しんでいるネイルアートなんかしたこともない。
その上、爪を見せるどころか手袋で素手を覆ってしまっている。
その手袋も土で汚れ、ヨレヨレになってくたびれたものだ。



・・・・・急に、恥ずかしくなった。




「ティナさん?」


その雰囲気を察したのか、カールはティナに声をかけた。


自分の顔を覗くカールを見て更に恥ずかしさに拍車がかかり、
顔をみるみるうちに真っ赤にさせた。


「ご、ごめ・・・私、もう帰るねっ」



食べかけのミルフィーユを置いて、ティナは座っていたカウンターから
すっくと立ち上がると駆け足の勢いで月夜亭を後にした。



「どうした?カール」


異変に気づいたデュークは落ち着きはらってカールに聞いた。


「・・・・デュークさん、オイラちょっと休憩時間延ばしてもらってもいいですか?」

「・・・ああ、構わん。この時間帯ならハンスのやつが来るだけだからな」

「ありがとうございます」

「いってらっしゃい。ティナちゃんきっとまだその辺を歩いてるはずよ」


店の二人に微笑みかけると、カールは小走りで店を出て行った。












「あーあ・・・・・」


足元にある小石を小突きながら、ティナはトボトボと帰路についていた。


改めて思い知らされた。

自分には女の子らしいところなんて、何一つありはしないことを。


顔の火照りは直ったが、沈みかけている夕日が頬をまた赤くした。


何で私は牧場なんかやっているんだろう、と根本的な問題を頭の中で挙げては消え、
挙げては消え、を繰り返していた。



「ティナさん!」


そのとき、後ろの方から聞き慣れた声を耳にした。


「あ、歩くの早いねティナさん・・・やっと、追いついた」


少々息を切らしながら、カールはティナににこっと笑ってみせた。
その笑顔を見てほっとした反面、突然店を飛び出したことの罪悪感も生まれた。

その罪悪感からか、ティナは思わずカールに背を向ける。


「突然店出たりして・・・ごめんね」

「ううん、別にいいんだそんなこと」

「私さ」

「ん?」











「全ッ然、女の子らしくないんだよね」

「・・・・・」

「服にもこだわらない方だし、髪型も小さい頃から変えてないし」

「・・・・・」

「それどころか、土まみれになってカマ携えてさ、なんか・・・恥ずかしくなっちゃって」

「・・・そっか」

「今更?って感じだよねえ、ホント。ここまで生きといてさ」



カールの反応が気になりつつも、ティナは自分の気持ちをさらけ出した。

こんなことにちまちま悩んでいる自分が、大きな牧場をやっていけるのか。
その不安が本心だったのかもしれないけれど。





「ティナさんはそのままでいいと思うけどなあ」

「・・・・へ?」


カールに背を向けていたティナは、思わず振り返る。


「苺とかさ、バナナとかさ、そのままで食べるだけでもすごくおいしいよね」

「う、うん」

「それと同じで、素材そのまま、それがティナさんのいいところだとオイラは思うけど」

「そのまま・・・で、いいのかなあ」

「うん。いいんだよ、きっと」


するとまた、カールはにっこりと笑ってみせた。



「あの食べかけのミルフィーユ、冷蔵庫にとっておくよ」

「えっ・・・ええ!?いいよ別に!処分しちゃっていいって!」

「とっとく。明日また来て、食べてくれればいいからさ」

「う・・・・・うん」




そのときから、だったろうか。


カールと話すたび、胸が異様に高鳴り始めたのは。








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