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ザッハトルテ










「・・・・・うん、今日もいい天気っ」


軽く背伸びをしたティナは、窓から差し込む優しい日の光に思わず言葉を漏らした。







――――――――おじさん、元気かな?

譲り受けた土地は決して広いとは言えないけど、不自由なことは特にないよ。

今・・・とっても充実してる。ここでおばあちゃんになるまでずっとずーっと、
スローライフで過ごせたらいいかな、なんて。一人思ったりしてます。






母方の兄である、叔父の経営する牧場を手伝うことが日課だったティナは、その叔父に
「一人で牧場をやってみないか」と言われ、この花の芽村に来たのだった。

それも、本当に先日のこと。

花の芽村村長のテオドールとは旧知の仲なティナの叔父は、
是非ティナを花の芽村へ置いてやってくれないかと頼んでのことだった。

放任主義のティナの親は即承諾、そしてティナは一人でこの花の芽村を訪れるまでに至った。




村に来て一週間経った今日、ティナは自宅の中で考えをめぐらせている。
今週は何をすべきか計画を立てているところなのだ。
あの店に寄り種を買い、牧草地を広くして、動物を早く飼えるような
環境を作らなくてはならない。その為にはまず、土地を広くしなければならない。


スローライフという考えはあったティナだが、それにはまだほど遠いようだった。



「まずは・・・そうだなあ、野菜の種を買いに行こう。もうカブは終わる頃かな」


椅子から立ち上がり、戸棚の中に閉まっておいた財布を取り出すと
朝も早いというのにノックの音が家の中に響いた。

戸棚を閉めるとティナは不思議そうな顔をしてドアを開ける。



「あの、どちら様で・・・・・?」

「・・・・あっ、はじめまして。キミのところ、鶏飼ってる?」

「へ?あ、まだ飼ってませんけど・・・あの、お名前は?」

「ああゴメンゴメン!おいらはカール。パティシエの修行中なんだっ」

「私はティナ。パティシエ・・・って、あのお菓子を作る?そういえば、その出で立ち・・・・」


そう言うと、ティナはカールの服装に目をやった。
だんだん視線を上に持っていくとカールと目が合い、照れ笑いをしてカールは続けて言った。


「今は月夜亭でバイトしてるんだけどね。いつかこの村にお店を開くのが夢なんだ」

「へえ、すごい!・・・・・じゃなくて。なんで私の家に?」

「そうそう、卵を貰いに来たんだ。明後日は卵祭りだから、牧場をやってる所にみんな貰いに行くんだよ」

「あー・・・そりゃごめんなさい、だね。うち、まだ鶏飼ってないもん。っていうか、卵祭りなんてあったんだ」

「あれ?知らなかったの?そういやキミ、この村に来たばっかりなんだったよね」

「うん、もうやることいっぱいでねー。大変だけど、毎日、楽しいよ」



にこっと笑ってみせたところで、ティナの腹の音が盛大に鳴り出した。



「あ・・・・・・」

「もしかして、今の・・・」

「え、えへへ・・・まだ朝ご飯、食べてなかったんだ」

「あはは!じゃあおいら、作ろうか?」

「えっ、いいよいいよ!初対面の人にそんな迷惑かけられないしっ」

「特製ケーキなんぞいかかでしょう、お嬢さん」

「ケ、ケーキっすか・・・!あの、ぶっちゃけて言っちゃうとね」

「ん?」

「私、甘いもの大好きなの。特にケーキ」

「そっか!じゃ、心おきなく台所借りるね〜」

「ど、どうぞ。・・・って言っても冷蔵庫の中、貧相だけど・・・・・」


とティナが言った矢先に、カールは冷蔵庫をがぱっと開けた。


「ん〜?なんだ、けっこうあるよ」

「そうかなあ?あの、完全に任せちゃっていいのかな、朝ご飯」

「全然大丈夫!座って待っててよ」



ここ、私の家なんだけど。

と突っ込みたい反面、複雑な気持ちがティナにはあった。


朝からケーキ!じゃなくて・・・
見知らぬ男の子を自分の家に上がり込ませて、いいんだろうか。


ティナは中学高校と女子校だったし、きょうだいと言っても姉妹であったし、
同世代の男の子にはなんら関わりもなく今までを過ごしてきたのだ。

あまり異性に対して免疫がない、とも言える。



「あの、さ。カール、何作ってんの?」

「えーっと・・・ほうれん草とベーコンを茹でたやつがメインで、ご飯はもう炊けてたからそのまま使って、」

「うんうん」

「副菜にきゅうりの浅漬け、それと味噌汁は・・・このカブで、いいよね」

「あ〜!聞いてるだけでお腹鳴っちゃうよっ」

「あははっ。それと、デザートが・・・板チョコの余りがあったから、ザッハトルテを作ろうと思ってるんだ」

「ザ、ザッハトルテ?!って、あのチョコレートのやつでしょ?」

「うん、そう。『なんちゃって』ザッハトルテだけどね。だって材料足りないから」


カールは含み笑いをしながらティナの方を向いた。


「ほえー・・・・・すごいんだねえ、さすがパティシエを目指してるだけはあるというか」

「料理が好きだからねー。中でもキミとおんなじで、甘いものも好きだから」


カールはまたティナに背を向けると、なんとも手際よく料理を作っていった。
呆気に取られて見ていると、20分もしないうちに目の前のテーブルに料理が並べられていく。


「すごい!カール、すごいねっ」

「へへ、そうかなあ?じゃあ、冷めないうちにどうぞ」

「いっただっきま〜す!」


一口二口食べてから、ティナは感激の声を漏らした。


「おいしー・・・・・幸せ〜・・・・・・・」

「それは良かった!この野菜、キミのとこで採れたやつでしょ?新鮮でいい品質だね」

「そ、そうかなあ?一応、おじさんとこで手伝ってはいたから野菜作るのは慣れてるつもりなんだ」

「へえ〜。・・・あ、そろそろいい感じかな?ザッハトルテ」

「実は、それが一番楽しみ」

「じゃあ、ちょっと取ってくるね」



カールが持ってきたのは、とても材料不足とは思えないほど立派なザッハトルテだった。


「小麦粉と、ココアと、砂糖に板チョコ。つなぎの卵はないけど、これで充分だと思うよ」


そう言いながらカールはケーキをきれいに切り分ける。


「はい、どうぞ」

「うわあ・・・・じゃ、じゃあいただきますっ」


ケーキの先端をフォークで取ると、ティナは大切そうに口に持っていった。


「おいしい!すんごくおいしいよ、カール!」







     






「へへ、良かった。けっこう本物っぽい味、出てるよね?」

「本物・・・私、食べたことないけど。でも、何だろ・・・今まで食べてきたどのケーキより、一番おいしい」


ティナの反応に、カールはにっこりと笑って返した。


「ケーキでこんなに感動したのって、初めてかも・・・・・あ、そうだ!!」

「ん、何?」

「カール!私、カールの弟子になりたい!!」













「・・・・・・・・・・へ?」



あまりの突拍子さに思わず言葉を失ったカールは、ニコニコ顔をぴたりと止めた。


「で、弟子って・・・」

「色んなケーキの作り方、教えてよ!私頑張るっ」

「でも、おいらはまだ修行中だし弟子を取る資格なんて・・・それに、牧場はどうするの?」

「牧場は両立させるもん。弟子が嫌なら、教え子って形でいいでしょ?」

「どっちも同じだと思うけど・・・・・」

「いーのいーのっ。それじゃ今日から、よろしくお願いしまーす!」


















おじさん、私、もちろん牧場は頑張るつもりだよ。

好きなことに没頭したいって思ったから、知らない土地で一人で頑張ると決めたんだ。
だけど誰か頼れる人を心のどこかで探してたっていうのも、事実で・・・・・


『弟子』なんて言ってしまったけれど、本当は心細かっただけなのかもしれない。


誰かに傍にいて欲しかっただけかも、しれない。




・・・・・でも、ケーキのあれこれを教えて欲しいっていうのも、本心。


これからどうなるか、少し楽しみになった春の早朝。








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