話題の検索ワード  













『川は流れて』















「自分でも自覚してるんでしょうに」



ため息を混じらせながら、目の前で珍しく押し黙っている彼に、イブは言った。


夕方、開店する前の静かな月夜亭。
広い店内には似つかぬ二人という人数で、ダンとイヴのみがぽつぽつと会話を繰り広げていた。



「・・・・・自覚?」

「そうよ。私から見ても判るのに、本人が判らないわけないでしょう?」

「ははっ、俺は一人知ってるけどね。自覚っつーモンを知らない鈍い子」

「・・はぐらかさないの。自覚してるんだったら、もしかして・・・」



ダンはそこで手にしていた軽い酒の入ったグラスを口へ持っていった。
最後の一口を飲み終えると、またさっきまでと同じように一点を見つめ、動かなくなってしまった。




その鈍い子に対して、自分はもう隠すことのできない気持ちを持ち合わせてしまっている。




そう思うと今までチャラチャラ女の子と遊んできた自分が、えらく子供っぽく見えてくるのだ。

同時に、こんなに純粋に人を想う気持ちが自分にもあったのかと少し苦笑し、
だんだん恥ずかしくなってくる。


もしかしたら自分には、これが初恋なのかもしれない。








海で一人佇む君を初めて見たとき、どうしても放っておけなかったんだ。

泣きそうなのに泣いてなくて、でも顔を見ると今にも泣きそうで。

傍にいてあげないと、すぐにしおれてしまいそうな。


だけど、立ち直れば強いってことは後から知った。

落ち込んでるとき、ちょっと声を掛けるだけで笑顔になれる。


・・・・・けど、その強さって見せかけなんじゃないか、とも思う。

だからいつも一緒にいて、支えていたい。






ふと、ティナの顔が脳裏に浮かんだ。
・・・それと同時にブルーの顔も横切ったが。








唐突だって判ってる。


だけど、無性に。












「ティナに会いたい」






急に口を開いたダンに、食器を拭いていたイヴは目を丸くして驚いた。
そして少し物憂げにくすっと笑うと、こう言った。



「すぐにでも会いに行けるじゃない?・・・行ってらっしゃいな」

「・・・イヴ。サンキュ」



ダンは荒々しく月夜亭のドアを開けると、弾かれたように店を後にした。





「あらあら、お勘定もしないで出ていっちゃって。今度お話を聞くついでに請求しなくちゃ」



ぽつんと残されたイヴは、またくすくすと笑いながらダンの飲んでいたグラスをそっと片した。








「・・・私にはそんなに関わろうとしなかったのにね」



自分も人のことは言えないと、イヴは皮肉って言った。
























ティナに会うなら、自宅である牧場に行くのが確かなはずだ。

しかしダンはそれよりも、海の方向へと向かっていた。
理屈じゃなくて、ただ単に、そう思ったから。


そこにティナがいる、と。












妙な確信を抱きつつ少々早歩きで道を行くと、仕組まれていたかのようにブルーと出くわした。


ブルーはちょうどカフェまでミルクを届けに行っていたようで、
手にはお返しで貰ったのだろうケーキの箱がちょこんと下がっていた。

そして意外にも、話を切り出したのはブルーであった。



「・・・・・徒競走か?」

「違うわッ」



ちょっとばかり息を切らせていたダンに、ブルーは冗談交じりでそう言った。



「悪いけど、今冗談返せるほど余裕ないんだな、コレが」



ふーっと息を吐くと、ダンはすっぱりと言い切った。





「俺、ティナのことが好きだから」





ぎょっとしたのか、それともここで言われたことに戸惑いを感じたのか、
普段伏し目がちなブルーの目が少し、丸くなった。

が、すぐに自分のペースを取り戻したようで、いつもの雰囲気に戻る。



「・・・もう俺は関係ないだろ」

「ま、そー言われると思ったけどさ。でもアンタに言っとかないと、ケジメつかない気がして」



こんな自分がケジメという言葉を使うのか、とダンはほんの少し自分で言ったことに驚く。








夕陽はまだ、沈まない。








しばしの沈黙が流れた後、ブルーは何事もなかったかのようにダンとすれ違いつつ歩き出した。
後ろ姿を見せたブルーにダンは声を荒げて言う。



「後悔すんじゃねぇぞ!」





そう言うと、ダンはまた早歩きで海へと向かっていった。













ブルーはそんなダンを振り返って二、三秒見た。
そして誰にも聞こえないような、海風にかき消されそうな声で呟いた。




「してるさ、今も」




手に持っているケーキの入った箱にちらっと目をやると、苦笑してから更に小さな声で呟く。












「・・・・・幸せに」
























徐々に波音が耳に入ってくる。

ダンははやる気持ちを抑えて、落ち着かせるために早歩きからいつもの歩調に戻した。



ちょうどそのとき、カフェから二人の人物が話をしながら出てきた。
そこでダンはぎょっとする。




海で会えると思っていた、今一番会いたい人にこんな所で会ってしまったのだから。

意気込んでいた彼は肩にかかっていた力が抜けていくような気がした。
どうやらあちらはまだ、ダンには気付いていないようだった。



「今日はもう仕事終わってるのよね?」

「うん。・・・って大分前に言ったよね、これ。いつも仕事終わらせてから来るって」

「あら、そうだったかしら?・・う〜ん、ここのところ妙に周りが落ち着いてたからねぇ」

「へ?」

「ううん、気にしないでっ。でもティナ、最近顔つき変わってきたわよね」

「か、顔が?そうかなぁ?全然自覚ないけど」












言われてみればそうかもしれない。

ここのところブルーやダンとはあまり関わることがなかった分、
自分の中でよく考えて、気持ちの整理はついているんだ・・・と思う。





確かに傍にいて安心するのはブルーだ。

だけど、一緒にいてこんなにも胸が高鳴るのは・・・・・・


私がダンに惹かれているから、なんだよね。


必要以上にドキドキしたり、他の女の子の話をされると嫉妬まがいの気持ちが出たり。



当の本人には『いつもドジやってる、牧場経営してる子』と、

・・・そのくらいしか、あの人の頭の中に私は残っていないのだろうけど。




でも、想ってるだけなら。

私が心の中であの人を想ってるだけなら、それでもいいよね?








「ティナ」

「・・・・あ、ご、ごめん。ぼーっとしてて」

「ううん。一つだけ言っておくけどね」

「・・・? ん、何?」

「傷つくこと、怖がらないでね。ブルーのこともあったから酷かもしれないけど・・」

「ケティ・・・・・」

「アタシもさ、怖がらないで頑張ったら、シンといい関係になれたんだもの!」

「・・・・・」

「もし傷ついたとしても後ろ振り返るときはいつだって出来るんだから。大事なのは今よっ」

「・・・うん・・・・そうだね。ケティもいてくれるし、ね」

「そ〜よっ。またいつもみたいにさ、店長に無理言って店の一角借りて話聞くんだからね」

「あははっ。・・じゃあケティ、また明日ねっ」

「ええ、・・・・・頑張んなさいよ!」

「・・・・ありがとう」




二人は軽く手を振ると、ケティは店の中へ、ティナは外へとそれぞれに別れた。


はた、と必然的にティナはダンと目が合う。





「・・・・き、聞いてた?今の」

「何も?」




嘘だ、とティナは思った。

ついさっきケティが頑張んなさいよ、と言ったとき、自分の後ろを見て
誰かとアイコンタクトを取っていた気がするからだ。


多分それがダンなのだろう。



・・・となると、今までの話の内容は全て聞かれていた可能性がある。


あの会話の内容からいくと、今自分が誰を想っているのか、バレバレなのでは・・・・
そう考えたティナはほんのり顔を赤くさせた。


ティナがそれを手で確かめようと頬に手をやると、急にダンが口を開く。



「海行きませんか?お嬢さん」

「はい?・・・い、今から、ですか」

「そ。何つーか不完全燃焼っつーかね〜」

「?」

「ああいやいや、こっちの話。じゃ行きましょうか、早く行かないと日が暮れちまう」






















二人は並んで海岸へやってきた。

夕陽はもう、海に隠れて半月ほどの形になっている。



「・・・覚えてる?初めて会ったとき」


ダンは首を少しだけ傾けて、横にいるティナと目線を合わせるように言った。


「え!・・そ、そういえば私・・・・・」



ブルーとの関係を指摘されて、ヘコんでいたところダンと会ったのだった。
しかし今はこのシチュエーションの中だ、ティナはそれよりも心臓が飛び出ないか心配だった。



「ま、覚えているとしようね。ほんと不思議な子だよ、ティナは」



質問に答えきれずにいたティナに、微笑を浮かべながらダンは言った。
ティナは初めて名前を呼ばれたことにえらく感激し、更に頬を赤くしつつ懸命に話を続ける。



「不思議って・・・?」

「うん。俺が今まで会って付き合ってきた子たちはね、みんな化粧バッチリしてて・・」



そこでダンはティナの右手を握った。
ティナは一瞬体を強張らせたが、しかしすぐに落ち着いたようだった。



「爪もネイルアートとかやってて、香水もブランドもんばっかで」

「・・・・・」

「でも、ティナは違った。着飾ってないのに、何でかすごく惹かれるものがあった」

「え、えっと・・・・」

「行動見る限りじゃそそっかしくて、ドジやらかして・・・」

「あ、あはは」

「だから放っとけなくて」

「・・・!」





夕陽はもう半月もなかった。今日一日の最後の光を、まだ惜しみなく地上へと照らす。





「ティナ」

「は、はいっ」

「好きだ」

「・・・・・えっ」





ティナは夕陽に向けていた目線をダンにやると、すぐに視界を遮られた。


真っ黒な髪、紫がかった澄んだ瞳。少しだけ、黒い肌・・・・・

ダンの顔がアップになったと思ったら、もう次の瞬間には唇に触れられていた。




話の最中、急に・・・確か前にもこんな経験があった。


だけど、ブルーのときみたいに、嫌な気持ちは全くなかった。

むしろ幸せで満ちている、そんな感じだ。





・・・・・ただそれは、少々長めだったが。








「あ、ゴメン。苦しかった?」

「・・・そ、そんなこと言わないでよっ。恥ずかしい」

「で、嫌がらなかったってことは受け入れてもらえたってことでいいの?」

「・・・・・・ん」



顔を少し下に向けて、ティナは頷いた。



「お・・可愛い仕草するね」

「うう・・・顔から火ぃ出そう」

「そりゃお互い様でしょ」

「え、ダンも?」

「人を何だと思ってるのさ!俺だってこーいうときは一丁前に緊張するんだぜ」

「そんなんで威張られてもな〜」

「まあいいじゃん。あ、そうそう!俺、もう街には行かないことにしたよ」

「えっ」

「まあ、そりゃー買い物とかで行くかもしれないけどね。もうずっとこの村に住む予定」

「ふぅん・・・何で?」

「またまた。もう判ってるくせにね」

「ええぇ!判らないよっ」












やっぱりね。


自覚なんてしてないんだろうな。



自分がどれだけ、人に大切にされてるか、なんて。






そんなの、ずっと一緒にいたいからに決まってるだろ?













TOP








〜ちょいとあとがき〜

最終話までお付き合いいただきありがとうございました〜。
こんなズルズル引っ張って作った小説、見て下さっただけでもありがたいです。
とりあえず三角関係をやりたかったのに、そんなにドロドロにならなかったな・・・
(何故か残念そう)ちゃっかり脇役をくっつけさせたところは私の執念深さと言いますか。
だってみんなにハッピーエンドになって欲しかったんですもの!
あ、でもイヴさんは生涯独身でいて欲しいな。(勝手すぎるから)