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『波打ち際』












夜の海は怖い。


そんなことは百も承知だった。
それでいて夕暮れ時の浜辺にいるのは、その恐怖さえも見失うようなことが起こったから。



いつか来たときのように、ティナは浜辺に体操座りのような格好をして夕日に照らされていた。



もう何時間くらいそこに居座っていたのだろうか、だんだん潮が満ちてくると
波がティナの足元に届きそうになっていた。

だが、ティナはそれに気付かない。






「なんで突き飛ばしちゃったんだろ・・・・・」




ぼそっと呟くと、ティナは大きな溜め息をひとつ、ついた。







ケティならきっと、こう言うだろう。

「付き合ってんならそれくらいするでしょ?」






うん、そうだよね、付き合ってるんだよ私たち。



・・・・・だけど、付き合いだしたら絶対そういうことしなくちゃいけないの?











怖かったんだ。



ブルーが、ブルーじゃないみたいで。





だから私・・・ブルーを突き飛ばして、ここまで逃げて来てしまった。










何だか無性に寂しい気持ちになったティナは、自分の足を抱えていた両腕の力をを更に強くした。








爪先に冷たい海水を感じ取ることができたが、そこから逃げだそうとはしなかった。




もう、どうしたらいいのか・・・・・










突っ伏していた顔を少し上げて、足の辺りまで迫ってきた波をただ、ぼーっと眺めていた。












急に、自分の右腕が上に強く引っ張られる。




自分の意志とは無関係に立たされたので、さすがにティナは我を取り戻した。




「危ないよ子猫ちゃん」

「・・・・・ダン?」


ティナは何の気配もなく現れたダンを、目をまん丸くして見つめた。
そしてダンは腕を優しく離す。


「そうさ。こんな所でどうしたの?波にさらわれちゃうよ。それとも俺にさらわれたかったとか?」

「・・・今はそんなこと言って欲しくないよ」

「じゃ、パーッと飲みに行こうぜ。俺たちに言葉はいらないんだからね」

「だから・・・・・っ 放っておいてって言ってるの!今は誰とも会いたくないの!!」




急に声を荒げたティナに、今度はダンが目を丸くしてティナを見つめた。





特に・・・・・・・今は、男の人とは会いたくない。

何となく、ティナはそんな気持ちになったのだった。





「あ〜あ、構ってくんないのか。残念っ。せっかくうさ晴らしに来たのになあ」


ダンの独り言に、少し距離を置きながらティナはうつむき加減でまた海を見た。



「聞いてくれよ!ちょーっとワイン飲んだだけで怒られたんだぜ?心狭いよなぁあのオッサンも」


頭の上で手を組み、愚痴を言い始めたダンに対して、ティナは怒りとも言えない感情を覚えた。



「子猫ちゃんもそう思うだろ?な・・・・・」

「そんなの・・・そんなの知らないよっ!バカぁ!!!!!」




そう叫ぶと、ティナはついに泣き出してしまった。


もう止まらない。
ここで泣いたって何が変わるわけでもないと判ってはいるのに。
好きでもない人の前でなんて泣きたくないと思っていたのに。



ついさっき海水に触れた爪先が、やけに暖かく感じる。




声を上げて壊れた機械のように泣き崩れていると、呆気に取られていたダンがようやく口を開いた。


「な・・・泣かないでおくれよ子猫ちゃん。もしかして俺のせい・・・・・?」

「ち・・・・・がっ 私、どう・・していいか・・・っ判らなくて・・・っ それで・・・・・」


嗚咽まじりの泣き声で必死にティナは答えた。


絶対に変だと思われてるだろうし、何より何を言っているのか全く判らない。



自分でもそう思うのだから、他人のダンにとっては不可解極まりないのだろう。




そう思って出てくる涙を手でゴシゴシやっていると、急に海水のしょっぱい味が口の中に入ってきた。



「な・・・・・・!何ふんのよっ」

「こういうときはね、遊んどくのが一番なんだぜ」

「・・・・・え」

「だから海水かけっこ。あ、ひょっとして塩水口ん中入った?」

「入ったよっ!!思いっきり」

「はははっ、そりゃ良かった!じゃあもっと入れてやるっ」



そう言うと、ダンは更に海水をすくってはティナに向けてバシャバシャとかけ始めた。



「ちょ・・・ちょっと待ってよ」

「待ったなーし。どんどん行くぜ〜」

「この・・・・・・っ せりゃっ!!」



負けじとティナも大量の海水をダンにぶちまける。



「くっそ、なかなかやってくれるね」

「お返ししただけだよ。ほら、もっとかけるよ?」

「うわ、ちょっ、ちょっと待ってくれ」










海水の連打に二人とも、全身ビショビショになっていた。

気が付くと周りは既に暗く、どこかの家の夕飯の匂いが漂ってきていた。








「・・・・・・疲れた。それにびしょ濡れ」

「俺、この格好で帰ったら怒られるなぁ。子猫ちゃんのせいで」

「そっちが先にやってきたんでしょー?」

「ま、そうだけどさ。・・・・どう?気分は」

「・・・・・・・・あ」












そうだ。


すっかり忘れていた。
今の今まであんなに悩んでいたブルーのことを忘れるなんて、私は・・・・・







「何があったかは知らないけどね。他人に干渉するの、あんま好きじゃないし」

「・・・・・・・でも」

「ん?」

「気分は、良くなったと・・・思う。ダンのお陰かも」

「お陰じゃなくて、そうなの。どっちにしろスッキリしたっしょ?」

「う、うん」

「そりゃ良かった。じゃ、風邪引かないうちに帰りましょうか、お嬢さん」
















実際、気分がスッキリしたと言っても状況は何も変わっていない。

突然家を飛び出していった私をエレンとハンスさんはどう思ってるか、とか、
明日ブルーに何て言って会えばいいのか、とか。



だけど、不思議と大丈夫な気がする。











悩んで落ち込んでいた自分が、何だかとても小さく思えた。














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