『ダン』
決して大きいとは言えないその牧場内で、カマの鋭い音が止むことなく響いていた。
帽子を深く被ったその少年は、滴る汗を拭い、それでもカマを持った手を止めることはなかった。
「ブルー!!もうちょっとで蓄え無くなりそうよ。やっぱり牧草増やした方がいいんじゃない?」
「・・・・・いや、まだ大丈夫だろ」
エレンは両手を大きく広げてサイロからカイバを次々と取り出しては、牛たちの餌箱に運ぶ作業をしていた。
もう一人、同じ作業を慣れない手つきで行っている少女がいた。
「ティナ!ごめんね、ちょっとブルーの方手伝って来てもらえる?」
「え、でもエレンは?」
「ううん、あたしの方はもうすぐ片付くから。・・・ごめんね、自分の家の仕事もあるのに」
「全然!今日の分の仕事は全部終わらせてきたんだし、大丈夫だよっ」
「・・・・・そっか。でもまあ、・・・半分は一応気を利かせてやってるんだってこと、判ってね」
「え!!!あ、あの」
「うふふっ、ほら行って来て!早く終わらせて美味しいチーズケーキ食べましょ」
ティナは小屋の中から外へ出ると、夏の眩しい日差しに思わず手で日除けを作った。
しかしそれも牧草を刈る作業をしていると無意味なことなので、すぐに手を元に戻した。
「ブルー!こっち終わったから、手伝いに来たよっ」
「・・・ああ、助かる。じゃああっち側から順に刈ってきてもらえるか」
「へへ、了ー解」
ティナはブルーに向けて満面の笑みを浮かべると、早速ブルーとは反対方向の牧草地へと向かった。
十分は経っただろうか、軽く眩暈を起こすほど二人とも作業に集中していた。
ブルーはちょうど自分のノルマの刈り分を終え、小屋へと向かう所だった。
「あー!ティナじゃな〜い」
可愛らしく巻いてある縦巻きの髪の毛を揺らし、腕にカゴを持ちながら柵の外からティナに手を振った。
「ケティ!!どうしたの?珍しいねここまで来るなんて」
「ちょっと食材の調達にね。ウチの店長が夏バテでダウンしちゃって動けなくて。情けないったら・・・」
「ふふ、それでケティが買い出しに来てるんだね」
「そ。・・・あーあー。汗ダラダラ流しちゃって。・・・・・っと、あちらにいるのは未来の旦那さん」
「もー!!!ケティ何言ってんの?!」
ケティはひょいと柵の中側を覗き込んで面白半分に言った。
その冗談を間に受けているのか、ティナは持っていたカマをブンブン振り回している。
「あ、危ないでしょー?!冗談よ、冗談っ」
「・・・・・私に冗談は通じないんだって、あれ程言ったのに」
ティナは少し顔を膨らませながらまた牧草を刈りだした。
「んー?かったいなぁ、この牧草」
「・・・・・?」
ブルーはふいにティナの声を聞き、向けていた背をくるりと返す。
「ま、いっか。・・・・・うりゃっ」
「あ」
まれに茎の固い牧草があるのだ。
ざくっという音と共にブルーはそのことを思い出し、咄嗟にティナの方へと駆け寄る。
ナイスキャッチと言うべきか、尻餅をつきそうになったティナをブルーは間一髪で抱きとめた。
大怪我の元になる予定だったカマもティナの手から既に離れ、地面に落ちている。
「・・・・・ナ、ナイスブルー」
「馬鹿言ってないでお前、エレン呼んで来い」
親指を立ててブルーを讃えているつもりだったケティは、言葉を返されてご機嫌斜めになった。
「・・・判ったわよっ。全く、二人して冗談通じないんだから」
「あ〜・・・・・切っちゃったねぇ」
エレンは申し訳なさそうに椅子に座っているティナの手の甲に、大きめの絆創膏を貼った。
「そんなに痛くないよ?」
「おバカ。痛いとか痛くないとかの問題じゃないでしょ?」
「だって本当に・・・」
まだ弁解するつもりのティナに、ケティは頬をペチペチと叩きながら続けて言った。
「放っといたらバイ菌とか入るでしょー?!もう、ブルーからも何とか言ってやって!」
「お前らが俺の言ってやりたいこと全部言っただろ」
「・・・・・っ、ちょっとティナ。こっち来て!エレン、この部屋借りるわねっ」
「え、ええ・・・いいけど」
ケティは荒っぽくティナの怪我していない手を掴むと、違う部屋へもの凄い音を立ててドアを閉めた。
「あのね。アンタら本当に付き合ってんの?」
両手を腰に当て、顔をずいとティナの前に突き出し、単刀直入に言った。
「え?・・・・な、何言うのかと思えば・・・私たち、付き合っ」
「なーんか違うのよ!!」
「・・・・・・・何があ?」
「そりゃあね、ティナを助けるまでは別に良かったのよ。それは男として当然のことだし」
「そうなの?」
「そうなの!でもその後。本当にティナが大事で心配なら、あたしらみたいにティナを怒鳴りつけるはず」
「あはは、ブルーに限ってそんなこと・・・・・」
「するわけないって思ってる?少なくとも、あたしはそう考えてるけど」
「・・・・・・・・・・」
「それにね、デートしてないでしょ、アンタら」
「で、でぇと?」
「ほら、街でブラついたり一緒に食事したり」
「してるよ!」
「どこで」
「牧場で」
「・・・・・・やっぱりね。仕事がデートになっちゃってんのか」
ケティは短い溜め息をひとつつき、また続けて言った。
「それはデートじゃないのよ、ティナ」
「だって!二人で村の中歩いたり、一緒におにぎりだって食べたし」
「・・・牧場で、でしょ?」
「う、うん、まあ」
「少なからず牧場にはエレンがいるじゃない。ずっと二人っきりになってる訳じゃないのよ」
「・・・・・・・・うん」
ティナは段々うつむき始めた。
しまった、言い過ぎたという気持ちはないようで、ケティは更に続ける。
「ねぇ、この状態を付き合ってるって言えるの?もうちょっと・・・・」
「それでいいの」
ケティはティナの目を見た。
笑っている表情だけれど、目は悲しそうに見えて仕方が無かった。
「ブルーの傍にいると安心できる。・・・・・それで、いいの」
そう言い切ると、部屋から出ようとするティナにケティは聞こえないような声で呟いた。
「・・・あんたは物分かりが良すぎるのよ」
「あ!・・・・ケティもウチのチーズケーキ食べてく?」
部屋から出てきたティナたちに、エレンは明るい声で話し掛けた。
「ええ、いただくわ。勉強にもなるしね」
エレンは何かを察していたようで、その何かについてはあえて触れずに二人に接した。
ブルーは部屋の隅でお茶を飲んでいる。
「・・・・・ああ、そうそう。これ、さっきそこの道通ったら落ちてたんだけど。知らない?」
持っていたティーカップを受け皿の上に置くと、ポケットからガッチリした銀色のブレスレットを取り出した。
「ティナのことがあったからすっかり忘れてたわ。落とし物なんて、村中探せばすぐに見つかるんだろうけど」
「ずいぶんしっかりしてるのね。・・・あら?名前彫ってあるんじゃない?」
エレンは目ざとくそれを見つけ、ケティからそのブレスレットをひょいと取ると内側をじっと見つめた。
「D・A・N・・・・・・ダン?」
「そんな名前の人、いたかしら?」
ティナは二口目のチーズケーキを頬ばってから、その話の輪に加わった。
「それ、私多分知ってる」
「・・・多分?」
「頼っていいのか悪いのか・・・・・まあ、いいわ。一応ティナに預けとくことにしましょ」
部屋の隅っこでお茶を飲んでいたブルーが、微かに笑った。
ティナの頭の中で、大体予想はついていたのだ。
村の中でこんなにジャラジャラしたものを身に着ける人は、あの人くらいだ・・・
家に帰る前にワイナリーに寄って行こうとしたところ、ティナは後ろから声をかけられた。
「ハロ〜、子猫ちゃん。また会ったね」
「ちょうど良かった。あなたに渡したいものがあって」
「ん?何?俺にプレゼントなんて、子猫ちゃんも粋なことするねぇ」
「・・・・・違います。はい」
ティナはその色黒の青年の前に先ほど話題に上がったブレスレットを突き出した。
「これ、あなたのでしょ?・・・・・ダンくん」
「あっれー、いつの間に落としたんだっけ?って、子猫ちゃんいつの間に俺の名前を知ったんだい?」
「それの内側に彫ってあったの。DANって」
「・・・あ〜、なるほどねぇ。俺はまた運命なのかと思っちゃったよ」
「それ、自分で彫ったの?」
「無視かい。ま、いいけどね。これは女の子から貰ったのさ」
「ふぅん・・・・・」
「えーっと、ミドリちゃん。じゃなかった、サツキちゃん。いやいやミカちゃんだっけか?」
「・・・・・なっ」
「俺としたことが!名前忘れちまった」
「そんなに女の子と付き合ってきたの・・・・・?」
「ああ、まあねっ。どうだい?ここはひとつ、子猫ちゃんも・・・」
「お断りします!!!!!」
自分に元気をくれた、あの人があんなに軟派な人だとは思わなかった。
ティナはダッシュで自分の家に帰り、布団に突っ伏していた。
ちょっとでもあの人に憧れていた自分が嫌になり、枕を引っ掻いたりしている。
やっと名前が判ったと思ったのに、その人の素性を知って失望するだけになってしまった。
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