『一つめの歯車』
「よしよし、今日はとびきり元気だね。なんかいいことでもあったの?」
「モ〜!」
このさびれた村の牧場には似合わぬ若い女の子が、牛の世話をせかせかと行っていた。
「・・・ま、何でもいっか。嬉しそうだしね。じゃあ行ってくるね、みんな!」
みんなというのは、牧草地に放たれている牛たちと羊たちのことである。
ティナは手にしていたブラシを納屋の中へほっぽり入れると、せわしなく村の中心へと向かっていった。
「いらっしゃいませ〜・・・・・あ!」
「こんにちわっ。ケティ、来たよー」
「ありがとー。お茶出すから、適当に座ってて」
「うん」
「ケティ、また・・・・・」
ティナとケティの話に水を差したのは、カフェ・キャラウェイの店長カールであった。
「いいでしょ、店長!減るもんじゃないし、店の一角借りて話するくらい」
「そうじゃなくて。ティナさんにも迷惑だろうし・・・それにお客さん来たら誰が接待するつもりだい?」
「店長がやってください!!!」
「あの、私は別に迷惑じゃないですし・・・・カールさん、駄目ですか?」
「あ、いやいや、ティナさんがいいなら別にいいんだ!」
二人は早速、窓辺のテーブルに肘をつきながら恋の話を繰り広げた。
香りの良いアールグレイを使ったお茶の時間、どこからそんなに話題が出るのかと
いうほど二人とも話しっぱなしであった。
「やっぱり一目惚れってのは素敵だけどさ、一方的すぎるわよね」
「そうかなぁ?」
「そうよ!アタシこないだ街で一目惚れした人にアタックしたんだけど、駄目だったもの」
「い、いきなり?」
「まあね。アタシもタイミング考えて行ったつもりだったんだけど、初対面だし、やっぱねぇ」
「そっか・・・・」
「なっ、何よ!アンタが落ち込むことないでしょ〜?それにアタシはもうこういうの慣れてるしっ」
「強いね、ケティは」
「なーに言ってんのよ!・・・・は〜あ、早く彼氏できないかしら」
「ケティ可愛いし、すぐできるよ!」
必死に励ますティナを可愛く思ったのか、呆れたのか、ケティは顔を突き出して言った。
「本ッ当、いいわよねーティナは。彼氏いるんだし」
「そ、そりゃーいるけどさ・・・・・」
「ん?何々?!いるけどって、なんかあったの?」
「・・・そんなキラキラした目で聞かないでよっ。残念でした、別に何もないもんね」
「な〜んだつまんない。でもさ、何もなくていいの?」
「・・・・・な、何もないって・・・・」
「・・・ふ〜ん。別にいいわ。続きはまた来週のこの時間に、ね」
ティナはサービスのお茶だけでなくケーキも頼んで食べていたので、
その会計を済ませてからそそくさと帰っていった。
カールはやっと話終わったのか、というような顔をしてティーカップを片付けていた。
「・・・・ね、店長」
「何だい?」
「今の話、聞いてた?」
軽く腕組みしながらケティは聞く。
「ああ、ここ狭いからね。聞こえてたよ」
「そう。・・・・・今度、青空牧場にミルク仕入れに行くときにブルーの様子見てきてくれない?」
「別にいいけど・・・どうかしたの?」
「・・・・いいえ。何でも、ないわ」
ティナは自宅への帰り道、考え込んでいた。
そりゃあブルーは普段、寡黙な人で自分からあまり喋ろうとしないけど・・・
私には優しくしてくれるし、ちゃんと笑いかけてくれる。
前に乗馬したときだって私のことリードしてくれたし。
付き合おうって言い出したのだって、ブルーからだ。
びっくりしたけどすごく嬉しかったし、あの瞬間幸せな気持ちになれた。
今も、幸せだ。
・・・・・・・幸せな、はずなんだ。
家に向かっていたはずだったのに、いつの間にか海岸近くまで来ていることにティナは気付いた。
すぐ隣がブルーの家である青空牧場ということもあるだろう。
何となく、今は家には帰りたくなかった。
「何やってんだろうなぁ」
ティナは浜辺に座りこんだ。
今はちょうど引き潮で、波が足元まで来る心配はない。
サンゴを採るにはちょうどいい時間帯であった。
波の音が、心地よい。
ティナはしばらく目を閉じて、波の音を聞いていた。
「どうしたの?」
座り込んでいたティナは、急に現実の世界に呼び戻され、がばっと頭を上げる。
「具合でも悪い?なら、俺んち来る?・・・・なーんてね」
しばらくこの人物の冗談についていけず、ティナは思考回路を一生懸命戻そうとした。
そしてやっと口を開く。
「あ、あのー・・・この村の人、じゃないですよね?」
「そ。だけどもう村の人だぜ?正確には昨日の夜からね」
「じゃあ引っ越してきたんですか?」
「・・・そんな感じかな。金なくなっちゃって、しばらくここでバイトすんの」
「あ!もしかしてロナルドさんとこに来るって言ってた・・・・・」
「そうそう。どう?俺んトコ来てワインでも飲まない?子猫ちゃん」
ティナはしばらく、ひいていた。
・・・・・・・今時『子猫ちゃん』を使う人がいたのか。
その言葉と同時に差し出された手が慣れた手つきであったので、思わず
浜辺に腰を下ろしていたティナはその手につかまり、立ち上がった。
「マジで来る?」
「・・・・・・あははっ」
「え、何?」
「ううん、何でもないです。ちょっと子猫ちゃんがツボに入っただけで」
「・・・・入ったんだ・・・・・」
「わっ、悪い意味じゃないよ?面白いから笑ったんであって、その・・・・・」
「面白い子だねぇ、ティナちゃん」
「あれ?私の名前・・・」
「ああ、ロナルドのおっちゃんから聞いたの。・・・宜しくね、ティナちゃん」
「・・・・・・・・うん」
結局、その青年はティナを家まで送っていったのだった。
・・・・・・不思議な人だな、とティナは思う。
外見はチャラチャラしているのに、海岸で私が落ち込んでるように見えたのを
放っとけずに私のところまで来てくれたんだ。
ティナはその日の夜になってからあることに気付いた。
あの人の名前、聞いてない・・・・・・・・
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